秋日和   2005/10/9

秋日和で、気温も上昇、9月中旬の陽気・・・秋はいいなぁ、やっぱり。
全然話は違って『秋日和』というと小津安二郎・・・小津の秋で、もうひと
つは『秋刀魚の味』どちらも昭和30年代の松竹作品だが、原節子、岡田真莉子、
岩下志摩、・・・みんななんか凛として清楚、清楚でかつそこには品があった。
日本の良さがそこには詰まっていたように思う。
           
めっきり秋になってまいりました。いつも思うのは、
空のスッキリ感。なんともいえない爽快感!!

パキスタン地震       2005/10/8

パキスタン北東部のカシミール地方で8日朝発生した大地震は、国内で死者が3―4万人、負傷者が6万人以上に達するといわれている。たくさんのビルが崩壊、それもパンケーキ崩壊・・・あの911のワールドトレードセンターの壊れ方もそういわれているが・・・といって一気に床や壁・柱が崩れ落ちたといわれ、未だに多くの方が、瓦礫の中に残されている。
新潟の中越地震が昨年、10月23日、未だに避難している方がおられる。昨年暮れ26日のインドネシア・スマトラ沖地震では17〜18万人が亡くなった。
いま、地球は歪んでいる。ひずんでいる。疲れている
・・・私達に出来ることは何か。
復興はなかなか遅々として進まない。
・・・私達は何か始めなくてはならない。
表面は修復されても、なかなかもと通りには戻らない。
・・・はじめよう小さなことからでも。
みんなでなにかひとつから始めてみよう。始めないと始まらない。

稲藁          2005/10/6

今日は久方ぶりの秋日和、柴田さんの田圃へ寄せて頂き、軽トラ一杯稲藁を頂き、帰って
きました。
稲藁はハウスの中に敷き詰め、来春のトマトの栽培の準備に使うのです。あとまだ2杯は欲
しいので、また天気の良い時に寄せていただこうと思っています。
近代の農業は機械化が進み、コンバインを使用すると稲を刈るだけでなく、その場で稲藁も細
かく裁断されて圃場に撒かれる仕組みになっていて、稲藁をいただこうとすると、途中で細かく
裁断する工程を止めて頂かなくてはならず、かえってご迷惑をかけてしまうのが現状です。
便利になっているようで、結構不便・・・循環しているようで、無駄な循環!?無理な循環をしている・・・そんな稲藁はハウスの中で畝の表層をマルチングするのに使用すると保水性や保温性だけではなく、微生物の住処をつくるのに役に立ちます。
稲藁を運んでいるとその暖かさやその香り・・・なんともいえない暖かさと昔懐かしの香りに、
なんとも優しい時間を感じるのは僕だけでしょうか。

自然エネルギー      2005/10/4

太陽光・風力・植物などから取り入れることが可能な自然エネルギーは、最近とみにガソリン価格の高騰で注目を浴びている。それらは環境視点からも二酸化炭素の排出量が少なく、温暖化防止にも繋がることでもはや『環境はコストではなく、経営・社会活動の重要なファクター』になろうとしているといえる。
太陽光の発電量では、日本は世界一になっていることにどれほどの人が気付いている・・・容量的にはまだまだ小さいが。但しこちらも補助金頼りで、来年度からはそれがなくなるため、頭打ちになりそう。今後早急に政策としてどういうエネルギー構造を理想とし、将来のあるべき姿を目指すのか、明確にもって進まないと大変なことになりそうだ。(バイオマス・ジャパン構想も理解はしているものの)
そろそろ今がよければすべてヨシ! の発想からの脱却し、10年後、30年後、50年後、100年後をしっかり見据えて考える必要がある。

バッタ       2005/10/3

僕の畑にはバッタがたくさん飛んでいる。虫かごを持った小学生の男の子の兄弟が2人、
それぞれが自分の身長の倍ほどある大きな虫取り網をもって、いつの間にか僕の畑の中に入って来ていた。
「何、捜しているの?」と少し大きな声で聞くと
「もう、大きな声出すから、逃げちゃったじゃないの」と大きな方のお兄ちゃんが、舌打をしながら応えた。
「バッタ、バッタ、とってる・・・」と小さな声で小さな方の男の子がうつ向きながら応えた。
「ゴメンゴメン」といって、近くにいたトノサマバッタを2匹とってあげて、虫かごの中に入れてあげると、2人の兄弟は目を輝かせながら『アリガト!!』とその虫かごに向かってお辞儀をした。
そういえば、僕の畑に来た人はその虫の多さに驚いたりする。だれしも「昔はこんな畑でしたよねぇ。」とバッタの飛ぶ畑をみていうが、地元の百姓の人にいわせると「草を刈って、ちゃんと管理しろ!不精者!!」ということになる。
草を刈ることや虫を防除することが百姓の仕事ではないはずなのに・・・。いつのまにか苗は注文して、畦の草を刈ることが百姓の仕事になっている。
草があり、虫が飛ぶ、その中で元気に育つ野菜のおすそ分けを頂いて僕は生きていきたい。
昔、北川民次という洋画家がいた。変わったバッタの絵を描く事で有名だが、彼はそのバッタやイナゴで“自然の畏敬”を表現していた。人間は自然を恐れることはないと思うが、自然を安易に征服しようと思ったり、自然を敬う心を忘れてはいけない。
北川民治はその自然への畏敬を若い時代にメキシコで教わったという、現在そういうことを日本では誰が伝承しているのか、そんなこともない国ではやはり“豊か”とはいえない。

『どうして?』      2005/9/28

どうして、どうしてって6回、常に尋ねてみる。
どうして、どうしてって6回、自問自答することから始めてみよう。
どうして、どうして、と問い掛けることで、本質にすこしづつ繋がるような気がする。
どうしてどうしてと問い詰めていくと、6回目ぐらいで答えられなくなるという。
どうして、どうしてから始め、決して諦めないことが、どんなことでも、大切らしい。
決して諦めず、失敗の中から成功を導き出す。
百姓は時々、一喜一憂することがある。
一喜一憂することなく、静かに生きたいものである。
決して焦らず、決して慌てず、ゆっくりと。

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